みなさん、左の作品をご覧になってどんな感想をもたれたでしょうか?「なんとかわいい子どもらしい作品だなぁ」と感じられた方もおられれば「なんだこれは、形もでたらめなら筆の使い方もなってないではないか」と感じられた方もあるだろうと思います。
ところで江戸時代の寺子屋の手習い以来、子どもたちに文字を教える方法として、毛筆で書かれた手本を与えて習わせることがごく当たり前のこととして続けられてきました。子どもはせっせと手本のまねに励みました。その結果大人も顔負けの手本そっくりな字が書ける子どもも おりましたが、大半はそううまく書けず挫折してしまいました。上手に書けるのはおおいに褒められるわけですが、はたしてそれが褒められるに値するものなのでしょうか。
かつてテレビの視聴者参加番組に、子どもが演歌歌手の失恋の歌をまねて歌い似ているといって大喝采をあびるという場面がありました。今ではそんな番組はなくなりましたが、5歳や7歳の子どもが恋の悩みを悲しげにこぶしをきかせて歌う姿ほどおぞましい光景はありません。
先に並べた習字の稽古もまさにそれと同じことを子どもに強いているとはいえないでしょうか。キャリアを積んだ年輩の書家が書いた手本を子どもたちに与え、まねさせることが教育の方法としてはたして妥当なものなのでしょうか。
子どもの世界を広げる「子どもの書を育てよう」、これを本協会のキャッチフレーズにしています。冒頭にかかげた作品は小学校一年生の男児が書いたものです。これを「よい作品」と認めるかは否かが重要です。
ある人からは『「ま」の第一画二画を半紙の左端から右端までいっぱいに書くことは何ごとですか?』また『「め」の第一画をこんなに左傾させてどうするんですか ?』『およそひらがなの基本形が学べていないとんでもない作品です。』といった指摘がありそうです。
▼次のページへ
滋賀県書道協会に掲載の記事・写真および図版の無断転載を禁じます。